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半田市 『半田赤レンガ建物』 ~建物で旅する愛知
皆様、赤レンガ建物が愛知県半田市にあるのをご存じですか?
今回は「半田赤レンガ建物」を紹介します。
ここでクイズです!
問1. 日本の赤レンガ建物の中で、一番レンガの数が多く使用されている建物は?
問2. 日本の赤レンガ建物の中で、半田赤レンガ建物はレンガが使用されている数が何番目に多いでしょう?
→ 答えは後ほど…
半田赤レンガ建物には3つの意義があります。
1. 明治時代にビール工場として誕生 郷土産業の遺産
2. 大規模なレンガ造り建築の遺構 建築物としての遺産
3. 建物に残された機銃掃射痕 戦争の遺跡
丸三ビール・カブトビールの歴史もとても興味深いお話ですが、今回は建築の視点から半田赤レンガ建物を見ていきたいと思います。
① 地元の起業家の出資 豊富な財力と時代の最先端の技術を導入した建物
明治20年(1887年)日本酒に重い税が課せられるようになり、ビールに着目した中埜又左衛門(中埜酢店(ミツカン)4代目)、盛田善平(敷島製パン創業者)らによって、醸造の町半田でビール製造が始まります。順調に売り上げを伸ばし、生産能力向上のため、地元の醸造家たちの出資により、1898年(明治31年)半田町榎下(現 愛知県半田市榎下町)に新ビール工場となる半田赤レンガ建物が創設されました。当時の工場敷地総面積は約1万坪。現在隣接しているナゴヤハウジングセンターの敷地も、当時はビール工場だったそうです。当時の建物は取り壊された部分もあり、現在はその一部が当時の外観を損なわないように耐震補強や改修を施して残されています。
とても大規模な工場だったんですね。常設展示室には、揃いの法被で作業をしている昭和初期の様子を伝えるジオラマが展示してあります。また、外壁東側には、当時の建物(4階建ての東棟)が伸びていた屋根跡を見ることができます。
② 明治時代を代表する建築家 妻木頼黄の設計
半田赤レンガ建物の実施設計をした妻木頼黄(つまきよりなか)は、・東京日本橋の意匠設計(デザイン)・横浜税関新港埠頭倉庫(現 横浜赤レンガ倉庫)・横浜正金銀行本店(現 神奈川県立歴史博物館)などを設計した人物です。
③ レンガの積み方とハーフティンバー構造
日本の赤レンガ建物で多く使われたレンガの積み方には「イギリス積み」と「フランス積み」があります。半田赤レンガ建物は、レンガを長手面だけの段、小口面だけの段を1段おきに積む方式の「イギリス積み」を採用しています。〔特徴〕・強度が強い・土木建造物や鉄道の橋梁などによくみられる
レンガには漢数字やカタカナが彫られているものがあり、現在でいうロット番号の役割を果たしていました。
半田赤レンガ建物に使用されている多くのレンガが、愛知県安城市のレンガ製造所のものだそうです。現在のように便利な重機もなかったと思いますが、製造・運搬・施工も大変な作業だったのだろうと想像します。
半田赤レンガ建物の南側(大通り沿いから見える建物)には、木材の柱とその間をレンガで埋めた部分があります。これをハーフティンバー構造と言い、世界遺産の富岡製糸場などで見られる珍しい建築様式です。木造骨組みの間に、土、石、泥土をつなぎにしたレンガを埋め込んで強度を持つ壁を造り上げていて、装飾的な効果もあります。
④ 断熱の工夫
ビール工場として、熟成や貯蔵のために温度を0度にする必要がありました。設計者 妻木頼黄は、貯蔵室部分の建物自体を冷蔵庫にするため徹底的な断熱の仕組みを施しました。
天井が2重3重に交互にアーチ状になっており、間に空気層を作っています。一番上にはコンクリートを流し入れ、その上におがくずやもみ殻を敷き詰めて更に断熱し、カブトビールの適温を保つ工夫をしていました。
壁の厚さが1.5mの部分もあります。2重から5重の空気層を有する複壁という壁も断熱の工夫で、気温が変化しても室温を一定に保つことができます。壁の断面が見られるような展示もあります。
現在の住宅も、快適に過ごすための様々な断熱材がありますが、明治時代でも目的に合わせた断熱の工夫がされていたのだと感じました。
また、2階3階にも工場が繋がっているため、耐火床という構造で、万が一火事が起きても貯蔵しているビールに引火しないような対策がなされています。
⑤ ビール樽の貯蔵跡を見る 収納の工夫
ビール樽1樽当たり、約6000ℓ(瓶にすると約9500本分)が入るものが上下に積み重ねられ、貯蔵庫に保管されていました。貯蔵庫だった部屋は、ぴったりと樽が収まるように少し円形に壁が削られています。そんな部分も是非建物内で見ていただき、当時を感じていただけたらと思います。
⑥ 歴史を今に繋ぐ耐震工事 明治を感じる柱頭
建物を保存をしていくことが決定してから、老朽化や改修による構造体の欠如など、耐震上の不安がありました。このため、レンガ壁に鉄筋挿入の工事や、床補強のため鉄筋コンクリートの工事を行い、現在は安心して見学、使用できる施設となっています。
実際に東棟で使用されていた柱頭(ちゅうとう)が、屋外に展示してあります。この柱頭は、鉄の柱の上に設置され梁を支えていたものです。頑丈で火に強い建物とするために、柱や梁には鉄が使われていたようです。重厚感があります。
私は半田市民ですがイベントに参加するなどの機会でしか赤レンガ建物に行ったことがありませんでした。初めてじっくり見学して、約130年の歴史を感じながら、近くに住んでいるのに知らなかった文化財のことを楽しく学びました。
皆さんも、ぜひ半田市にいらっしゃった際には、半田赤レンガ建物の歴史を感じていただけたらと思います。(料金など詳細は、半田赤レンガ建物のHP等を参考になさってください。)
クイズの答え 問1. 日本の赤レンガ建物の中で一番レンガ使用数が多いのは「東京駅」 問2. 半田赤レンガ建物は、日本の赤レンガ建物の中で「4番目」にレンガ使用数が多い。東京駅、横浜新港埠頭倉庫、北海道庁、に次ぐ大規模な建築物です。